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仙台高等裁判所秋田支部 昭和32年(ナ)4号 判決

原告 八柳富蔵

被告 秋田県選挙管理委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は被告が昭和三二年一一月一八日付を以て同年四月一四日執行にかゝる秋田県南秋田郡五城目町の境界変更に関する住民の賛否投票の効力に関する訴願についてなした裁決を取消す。右賛否投票を無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、その請求原因として、

一、原告は秋田県南秋田郡五城目町大川大川字西屋布八十五番地に住居し後記賛否投票の投票権者であつた。

二、現在の五城目町は昭和三十年三月三十日、旧五城目町、馬場目村、富津内村、内川村及び大川村の五ケ町村が合併し新しい五城目町として発足したが、その後大川地区(旧大川村大川)の住民は分町して八郎潟町に合併するよう運動する者と分町に反対する者とに分れ争つていた。秋田県知事の斡旋、調停なども効を奏せず、ついに同知事から住民の賛否投票の請求があつた。

三、五城目町選挙管理委員会(以下町委員会と略称する)は新市町村建設促進法(昭和三十一年法律第百六十四号)の規定に基く秋田県知事の投票請求によつて昭和三十二年四月十四日五城目町大川支所(同町大川大川字ウツフケ二十九番地)において南秋田郡五城目町の一部の区域に係る町の境界変更に関する住民の賛否の投票、(以下賛否投票と略称する)すなわち大川地区の分町に関する住民賛否投票を執行した。

四、即日開票の結果は左の通りであつた。

総投票数  七二八

分町賛成票 四三六

分町反対票 二九一

無効      一

五、同日町委員会は右の結果に基き右大川地区の五城目町からの分町は不成立に決定した旨告示した。

六、原告は後記七記載の如き理由により右賛否投票の効力を争い昭和三十二年四月二十五日異議の申立をなしたところ、町委員会は同年五月九日異議棄却の決定をなし翌五月十日原告はその決定書を受領した。ところが原告はこの決定に不服がありさらに同年五月二十八日秋田県選挙管理委員会(以下県委員会と略称する。)に訴願を提起したが、同委員会もまた右訴願棄却の裁決をなし同年十一月二十一日右裁決書の交付を受けた。原告は右裁決にも不服があるので本訴を提起し該裁決の取消と前記賛否投票の無効宣言を求めるものである。

七、原告の主張する本件賛否投票無効の理由は次のとおりである。

(1)  不在者投票を入れた投票箱は町委員会の委員長が投票所である前記大川支所に保管しみだりに搬出すべきものではない。これは賛否投票の管理執行が公正に行われたことを担保するための絶対的要請である。しかるに前記投票日の前日たる同年四月十三日午後八時頃、右投票箱が何等正当の理由もないのに右大川支所から約二百五十米離れた前支所長木村喜太郎の住宅に搬出されてあり、こゝから右大川支所に搬入された事実がある。前記木村喜太郎はいわゆる分町反対派の首脳として活躍した人物である点を参酌するとこの投票箱が同人宅にある間に本件賛否投票中に存在した不在者投票十四票は予め用意された「反対」と記載した投票十四票とすり替えるか、或は有権者が「賛成」と記載した投票のみにつき、「反対」と書き改めるか、若くは予め用意した「反対」と記載した投票とすり替えたものと推測するに難くない。現在のところすり替えまたは書き改められた投票の数は確定し得ないが、十四票全部につきすり替え等の不正行為が行われた疑があるばかりでなく、斯の如き投票箱を夜陰に乗じて搬出、搬入する以上、右不在者投票のみでなく、他の投票についても悪質な投票すり替えその他の不正行為がなされたことを疑わしめるもので到底右賛否投票は町委員会によつて公正に管理執行されたものと認めることは出来ない。これが本件投票の結果に影響を及ぼすことは明白であるからこの点のみをもつてしても本件賛否投票は無効とすべきである。

(2)  本件賛否投票の執行された当日、町委員会の委員長伊沢正信は五城目町当局、町議会議員と一体になつて分町阻止の運動に狂奔した。すなわち同町当局は国道から投票所の入口に至る旧村道の左右両側に存する民家十数戸の前面を借り受けこゝに分町反対の意見を有する同町消防団員(制服)を片手間隔に配置し右民家のうち分町反対派である八柳幸助方に同町当局の事務所を設け、分町阻止のため活発に策動していた当時の同町助役(町長代理)北島金森、町村合併対策委員長島崎兼蔵等が立ち並び、また国道と旧村道との分岐点に存する消防舎附近には消防団長兼議会議長(現在の同町長)加賀谷力司が立ち附近に消防自動車四、五台を配備し旧五ケ町村から合計約二百五十名の消防団員を動員して附近一帯を固め警戒に名をかりて分町反対の示威を行い大川地区住民の心理に威圧を加え、また前記投票所の入口附近の左右にはバラ板をもつて囲いを設け、そのため投票所附近はものものしい状況を呈していたのみならず右投票所の窓にはすべて前同様バラ板を打ちつけて閉ざし昼間にも拘らず薄暗い電燈をつけて投票を行わしめる有様であり、住民が自由なる意思に基いて投票をなすことを得ない実情にあつた。町委員会長がもし投票の自由公正を確保せんとする熱意があつたならば投票所の内部は勿論、外部についても町当局等と交渉し人心に圧迫を加える虞のある措置を中止せしめることができた筈である。しかるに同委員長は何等斯の如き処置を採らずそのまゝ投票を執行したのであり、町当局、町議会議員と意思を通じ大川地区住民をして分町反対の投票をなさしめるよう策動し投票の自由と公正を害したものである。この違法なる投票の管理執行が本件賛否投票の結果に影響を及ぼすことは明白であるから、この点からも右賛否投票は無効である。なおこの点については

(イ)  町議会幹部、町当局等は協議の上冒頭に記載した五ケ町村合併による新五城目町建設、大川地区分町阻止などのために総計一千万円以上に達する町費を支出しこれを饗応、接待、買収などに使用した疑があり五城目警察署において取調がなされた事実があること。

(ロ)  町委員会の委員長伊沢正信は在職中昭和三十一年三月頃、補充選挙人名簿、または同名簿登録申請書につき虚偽公文書作成行使、私文書偽造行使をした廉をもつて昭和三十二年六月四日秋田地方裁判所に起訴され目下審理を受けていることを参酌するときは本件賛否投票に際し町当局、町議会議員、町委員会の委員長、その職員等が一体となつて分町阻止のため暗躍し、いかに不正行為をなしたかを推測することが出来る。

(3)  本件賛否投票の開票(選挙会事務と合同して行われた。)にあたり、少くとも五十票以上の投票がすり替えられた事実がある。すなわち右開票は同日午後七時から同支所において開始されたが、右開票事務の執行に当つていた同町書記北島礼三郎は点検台の上に載せられた投票を他の職員と共に点検中予め用意した反対投票一束(五十票)と賛成票一束(五十票)とすり替え右賛成投票を右ポケツトに隠匿した。この事実は当時参観人がこれを目撃して「投票を右ポケツトに入れた」と騒ぎたてたので臨場の県委員会書記から注意を受けその後しばらくしてから前記委委員長の許に赴き左のポケツトから白紙の折りたゝんだようなものを出して示したが同委員長はこれを点検せず、また参観人が「右ポケツトに入れたものを出せ。」と叫んでいるのにこれを無視し同書記の右ポケツトを捜索しようとせずうやむやのうちに選挙会を閉じてしまつた。而して右のような投票すり替えが他にも行われた濃厚な疑惑が存する。右北島書記及び同委員長の右措置は要するに投票すり替えによつて分町替成の投票を少くせんとする町当局等の策動に加担し、自己が町委員会の委員長であり書記であり、公正自由なる投票を執行すべき職責のあることを忘れ故意に本件賛否投票の不公正なる執行をなしたものであるといわねばならない。この点の違法が本件賛否投票の結果に影響を及ぼすことは勿論であるから、この事実のみをもつてしても本件賛否投票は無効となすの外はない。

(4)  選挙会(開票事務と選挙会事務とは合同して行われた)の模様を見るに、投票所を選挙会場として使用し、前記委員長を中央にしてその左右に分町反対派、分町賛成派から選出された立会人二、三名宛が着席し、右委員長、立会人等の席から約三間以上離れた所に点検台を置き、これに投票箱を載せていた。右点検台の周囲には町委員会の職員その他の従事者(北島礼三郎、加藤勝太郎等七、八名)が着席して点検に当つた。而して投票の点検を開始しても右委員長、立会人等は容易にその点検作業の内容を見ることができないような遠距離に居り一切を右従事者に一任して傍観するような状況であつた。たゞ右従事者が疑問票として特に抽出した十数票だけは委員長、立会人等が点検したが、その他の投票については一切これを点検せず、数の計算、効力の決定をなさず、専ら前記加藤勝太郎が各従事者の報告に基き集計して紙片に記載しこれを右委員長に交付したので同委員長はこれのみに基いて本件賛否投票の結果を報告し選挙会を閉じた。要するに同委員長、立会人は着席のまゝでは点検従事者が投票を選別する作業は勿論、投票の記載内容を知ることが全く不可能な距離にあるに拘らず、自ら移動して投票の点検、計算及びその効力を決定することをしなかつたのであるから、疑問票十数票を除く他の大部分の投票についてはその点検、計算、効力の決定が全くなされていないのである。これは新市町村建設促進法第二十七条によつて準用される公職選挙法第六十六条第三項、第六十七条に違反し、しかも斯の如き違反が本件賛否投票に影響を及ぼす虞のあることは明白であるから、本件賛否投票はすべて無効たるべきものである。

と述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、

答弁として

一、原告主張の請求原因たる事実中一乃至四及び六の事実は争わない。

二、同五の事実はない。被告は新市町村建設促進法第二七条第九項による告示をしたものである。

三、同七の事実は全部否認する。但し七ノ(2)の事実中バラ板を使用したことのみは認める。然し右は投票所の入口、出口を区分し投票人の混雑を防ぎ順調な投票の執行を期する意図から投票管理者がその権限に基いてなしたものであり投票の自由と公正とを確保するために執られた措置であるから此の点に関する原告の主張は理由がない。

尚請求原因七の(1)は原告が故意に事実無根のことを主張するか、または事実を誤認して推測した事実を主張するものに過ぎない。本件賛否投票において公職選挙法第四九条の規定による五城目町選挙委員会の委員長である不在者投票管理者の管理する投票の記載の場所は大川支所の応接室であつてこゝで町委員会の三浦、佐々木の両書記が不在者投票管理者の事務を補助執行していた。而して不在者投票の総数は一四票であつたが右書記は選挙人から提出された不在者投票は選挙人が直接郵送されたものは書記がその都度不在者投票を収納保管するため同室に備えられた投票箱に入れて保管し夜間は支所宿直員(町委員会書記)に引継いで宿直室に保管していた。従て不在者投票の管理の違法は全くなく原告の主張するような投票箱を支所外に搬出したり木村喜太郎宅より搬入したような事実はない。右に反する原告の主張は全く根拠がない。然らざれば原告は以下述べるような事実を誤認し単なる推測に過ぎないことを事実として主張しているに過ぎない。即ち四月一三日投票事務指導のため被告委員会が派遣した書記が、投票当日使用する投票箱を点検したところ施錠の状況がやゝ不完全であることを認めたので完全なものを使用するように町委員会書記に指示し五城目町役場から投票箱一ケをとりよせた。この投票箱は午後八時二〇分頃のバスで到着することになつていた、そのとき偶々小使室にいた半田久馬は命ぜられて受取方にバス停留所まで出向いたのであるが、バスは所定の停留所を過ぎて支所に通ずる道路の分岐点を越した木村喜太郎宅よりの位置に停車したので半田久馬はその地点から投票箱を背にして引返した事実がある。然るに原告は右事実を誤認して前述の如き主張をなすものであり事実に反する、

と述べた。(立証省略)

理由

原告が秋田県南秋田郡五城目町大川大川字西屋布八五番地に居住し昭和三二年四月一四日行われた同郡同町の一部の区域に係る町の境界変更に関する住民の賛否の投票に際し投票権者であつたこと、現在の五城目町は昭和三〇年三月三〇日旧五城目町、馬場目村、富津内村、内川村及び大川村の五ケ町村が合併し新しい五城目町として発足したが、その後大川地区(旧大川村大川)の住民は分町して同県同郡八郎潟町に合併するよう運動する者と、分町に反対する者とに分れ抗争し、秋田県知事の斡旋、調停等が行われたが奏功せず、ついに同知事から住民の賛否投票の請求があつたこと、五城目町選挙管理委員会は新市町村建設促進法の規定に基く知事の請求によつて前記日時五城目町大川大川字ウツフケ二九番地所在の同町大川支所において同町の一部の区域に係る町の境界変更に関する住民の賛否の投票を執行したこと、而して即日開票の結果は

総投票数  七二八

分町賛成票 四三六

分町反対票 二九一

無効      一

と云う結果をもたらし、同日町委員会は右の結果を告示したこと、原告は右投票には請求原因七記載の如き違法事由ありと主張し右賛否投票の効力を争い昭和三二年四月二五日町委員会に異議の申立を行つたところ同委員会は同年五月九日異議棄却の決定を行い翌五月一〇日原告は右決定書を受領したこと、原告は右決定を不服として同月二八日県委員会に訴願を提起したが同委員会は訴願棄却の裁決をなし原告は同年一一月二一日右裁決書の交付を受けたことは何れも当事者間に争がない。

よつて原告が主張する本件投票無効原因の有無につき順次判断をなすことにする。

(1)  原告はまず本件投票日の前日たる昭和三二年四月一三日午後八時頃投票箱が何等正当の事由がないのに大川支所より約二五〇米離れた前支所長木村喜太郎の住宅に搬出され同所より大川支所に搬入された事実がある。右木村喜太郎はいわゆる分町反対派の首脳として活躍した人物である点を参酌すると右投票箱が木村宅にある間に本件賛否投票中に存在した不在者投票一四票は予め用意された「反対」と記載された投票一四票とすり替えるか或は有権者が「賛成」と記載された投票を「反対」と書改めるか或は予め用意した「反対」と記載した投票とすり替えたものと推測するに難くない。現在のところすり替え又は書き改められた投票の数は確定しえないが一四票全部にすり替等の不正事実が行われた疑があると主張する。然し五城目町役場大川支所に保管中の投票箱を原告主張の日時みだりに同支所より木村喜太郎方その他に搬出したことは原告の全立証によるもこれを肯認しがたい。即ち証人千田トシ、同浅野静、同伊藤リヨ、同浅野リヱ、同浅野スエ等の各証言及び原告本人の供述等によつてはたやすく右主張事実を肯認しがたく原告その余の立証によるも右心証を左右にするに足りない。却て証人木村喜太郎、同半田久馬、同三浦清三郎等の証言によれば当時町委員会の書記をしていた三浦清三郎は被告委員会派遣の吏員から不在者投票箱は不完全であるから五城目町役場にある別の新しい投票箱を使用するよう指示を受けたゝめ、同役場に赴き新しい投票箱を受けとりこれを貸切バスに乗つて支所に運搬すべく大川部落に入つたのであるが国道上に多数の人がいてバスが向きをかえることができないため大川部落の村端れの鉄道踏切附近まで乗り過ぎ、同所から引返し国道上の木村喜太郎方附近の国道上に停車させ同乗の鈴木書記に小使をしていた半田久馬に連絡させ同人に同所から支所まで投票箱を運ばせた事実が認定しうる。

次に原告は右搬出の結果投票のすり替え、書き改め等の不正行為が行われた旨主張するが右認定の如く本件投票箱が木村喜太郎方に搬出された事実はこれを認めえないのであるから同人宅に搬出されたことを前提とする右主張も亦採るをえない。なお投票箱の移動搬出と関係なしにもすり替え或は書改められたような事実を推認せしめるに足る事実も認められないので此の点に関する原告の主張はすべて排斥を免れない。

(2)  次に原告は本件投票当日町委員会の委員長伊沢正信は五城目町当局、町議会議員等と一体となつて分町阻止の運動に狂奔した。即ち同町当局等は投票所の外部においては原告主張の如き種々の示威行為を行い大川地区住民の心理に威圧を加え、更に投票所の内外に亘つて原告主張の如き種々の施設をなしたゝめ住民がその自由意思に基いて投票をなしえない実情にあつた。町委員会の委員長伊沢正信は町当局と折衝して人心に圧迫を加える虞のある措置を中止させることができ得たに拘らずその処置を採らずそのまゝ投票を執行したのであり、ひつきよう町当局、町会議員等と意思を通じ大川地区住民をして分町反対の投票をなさしめるよう策動し投票の自由と公正を害したものであると主張するので按ずるになる程、成立に争のない甲第一乃至第一四号証、証人小船屋理右ヱ門、同小熊金之助の証言等によれば投票当日は大川地区内の国道及び同部落より大川支所に至る道路上には原告の主張するように警戒態勢が執られたこと即ち警察官が警戒のため派遣され更に大川地区内の国道より投票所附近には消防団員が多数立ち並び且また国道と旧村道との分岐点にある消防舎附近には消防車が数台停車していた事実等が認められるけれどもかゝる措置がすべて警戒に名を藉りて分町反対の示威を行い或は住民を威圧して投票の公正な執行を阻害するためのものであつたと云う事実は原告の全立証によるもこれを肯認し得ざるところである。

加之成立に争のない乙第一八号証ノ一乃至三、証人高橋正治、同佐々木市太郎、同高橋健治、同石井三郎等の各証言等によれば大川地区においては分町問題をめぐつて賛否両論がしのぎを削り投票当日に至るまで烈しいデモンストレーシヨンや宣伝戦が展開され投票当日も成行如何によつては不詳事の発生もはかり知れないような状況にあつたところから万一に備え且つは不詳事を未然に防止する目的から警察官の派遣及び消防団員(これらはすべて分町反対者側の者であると認める証左は存しない)による警戒等が行われたことが認められるのであり、且つ此等の措置は当時の状況に徴し已むを得ざるものであつたことが首肯しえられる。次に成立に争のない甲第一一、同第一三、同第一四号証、乙第一五号証ノ一乃至四、同第一九、同第二〇号証等によれば投票当日投票所の入口及びその周辺にはバラ板を以て柵をめぐらした事実を認めうる。(但し投票日当日投票所の窓にもバラ板を打つけた事実があるかどうかは前述の各写真だけからはたやすく認定しえないが何れにせよ斯かる設備が住民の心裡を圧迫するためのものではなかつたことは証人石井三郎の証言等に徴するも明白である。)けれどもこれまた前記の如き経緯から紛争又は不詳事の勃発にそなえその柵内には一般人の立入を禁止しその内部にデモ隊又は興奮せる郡集等が立入らないようにして投票を無事終了せしめようとする配慮に出たものでありこのような措置は当時の状況に照らし已むを得ないものと認められる。右警戒態勢又は施設の状況等よりして公正な投票が行われなかつたとする原告の主張は正当でない。而して以上の如き設備又は警備によつて住民が威圧され投票の自由を奪われるような事実のなかつたことは前記証人高橋健治、同石井三郎等の証言によつても明らかであり右認定に反する証人小船屋理右ヱ門、同小熊金之助等の証言は措信できない。尤もかゝる措置が何等かの心理的影響を投票者に与えたことは考えられるけれどもその程度が投票の自由を奪う程度のものであつたとは認めえないことは前認定のとおりである。但し投票者は多数であるからその中には前述の警戒態勢、又は施設等によつてある程度の圧迫感を持つに至つた者もこれなしとは保し難いがこれによつて自由意思が抑圧されるような結果はむしろ異常と云うべきであり、斯様な性格の者を基準として警戒又は施設の相当か否を決定すべきものでないことは云うをまたない。

次に成立に争のない甲第一二号証、証人小船屋理右ヱ門、同小熊金之助等の証言によれば分町反対派の有力者が投票所に至る道路筋に立並んだことが認められるけれども、斯様なことによつて住民が威圧されて投票の自由を失うに至つたような事実もまた首肯しがたい。

更に原告はその主張の如き饗応、接待、買収等が行われた旨主張するが該事実についてはその証明がない。次に仮に町委員長伊沢正信に原告主張の如き事蹟があるとしても該事実から直ちに本件投票又は開票に不正があり投票が無効であると即断しえないことは説明の要を見ないところであるから右委員長に原告主張の如き非行ありや否やについて特に判断する必要はないものと考える。

(3)  次に原告は本件投票の開票に当り少くとも五十票以上の投票がすりかえられたと主張するけれども、これまた原告の全立証によるもこれを認めえない。尤も証人浅野久雄、同千田竹士、同八柳幸助、同伊藤六之助等の証言によれば開票中北島礼三郎がズボンのポケツトより紙片を取出す等開票参観人の一部に疑惑を持たれるような行為に出たことはこれを認めうるが然し該行為が原告の主張するような投票のすりかえ行為であつたことはその全立証によるも認めえない。即ち成立に争のない乙第七乃至第一二号証のみではたやすく右事実を肯認しがたく、却て成立に争のない乙第二一号証の一乃至五、同第二二、二三号証及び証人高橋正治、同高橋健治、同石井三郎、同柿崎竹治等の証言によれば本件開票は警察官、県選管書記及び多数の傍聴人等の立会と環視の下に行われ原告の主張するようなすり替え行為が行われえない状況であつたことが認められるのみでなく証人北島礼三郎、同高橋正治の各証言によれば北島礼三郎は投票のすり替えたものではなく同人の作成した投票結果の予想表を取出したものであることが認められるのでありこれを覆すに足る証拠はない。尤も原告は鑑定人石田勝郎の鑑定書によればまた同一人の筆蹟と認むべき投票が或る程度存在したことが明白であるが然し本件投票においては適式な代理投票がなされており代理人にして亦投票者を兼ねている者もあるのでこれによりある程度同一人の筆蹟が生ずるのは已むをえないのであり、右鑑定に表れた程度の事実を以て原告主張の如き投票の大量すりかえがなされたことを推断しえないことはこれまた多言を要しない。而して他に投票のすりかえが行われた事実については別段の立証はないので原告の此の点に関する主張も亦排斥を免れない。

(4)  次に原告は本件投票の点検、計算、効力の決定が違法であると主張するけれども原告の全立証によるもかゝる主張事実を肯認し難い。却て大川支所に設けられた開票場配置状況に関する検証の結果及び成立に争のない乙第二一号証ノ一乃至五、及び証人高橋正治の証言によれば委員長、立会人等の位置が投票点検作業の内容を検分しえない遠距離であつたとは認められないし、更に投票全部の検証の結果、証人高橋正治、同加藤勝太郎等の証言によれば点検の方法、並びに効力決定の方法に原告主張の如き違法の廉があつたことはこれを窺いうべくもない。此の点に関する原告の主張も亦採用できない。

以上判示の如く本件投票は有効であるから右と同旨に出た県選挙管理委員会の裁決は正当であり原告の請求は理由がない。よつてその請求を棄却することゝし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本晃平 小友末知 石橋浩二)

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